第1章 デスレセプターによる細胞生死決定
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キーポイント
デスレセプターを介するアポトーシスシグナルは、FLIPという分子の細胞内の発現によって抑制される FADD, capase-8やFLIPはアポトーシス誘導シグナルとは無関係のNF-κBの活性化やWntシグナルなどの生体にとって重要なシグナル系にも深く関わっている はじめに
デスレセプターは進化的には、哺乳動物あたりから獲得されたシステムと考えられるが、そのアポトーシス誘導シグナルにかかわる分子は進化的にも魚類や昆虫にも存在している もとは異なったシグナル伝達に関わっていた分子を巧みに利用したのかもしれない
1. デスレセプターとそのアポトーシス誘導シグナル
デスレセプター
リガンドは、TNFファミリーに属するII型膜タンパク質であるが、膜上のメタロプロテアーゼによって切断されて可溶性因子としても作用する これに属する分子には生体にとって重要な様々な機能を持つ
ヒトやマウスでは6種類のデスレセプター分子が知られている I型
II型
C末端側を細胞外に、N末端側を細胞内にもつ一回膜貫通タンパク質
特異的な分解酵素により細胞外領域で限定分解を受けた可溶性Fasリガンド、TNF-αとTRAILも存在し、可溶性の細胞死誘導因子として機能することもある https://gyazo.com/ced686d503f9d7f6d9f7529b648e5f88
抗Fas抗体の発見からアポトーシスを誘導するレセプターの存在という新しい概念の提唱 ヒト細胞表層に結合するモノクローナル抗体のスクリーニングを行っていたところ、ある特別の抗体が細胞に結合するだけで再防止を誘導する不可思議な現象を偶然見出し、この抗体を抗Fas抗体と命名した cDNAクローニングによってこの抗体が認識する分子Fas(抗原)がTNFレセプターファミリーに属することが示されることにより、抗体が結合するとアポトーシスが誘導されるという不思議な現象からアポトーシスを誘導するレセプターの存在という新しい概念の提唱へとつながることとなった 哺乳類細胞におけるアポトーシスの研究において、デスレセプターを介するアポトーシスの研究はいくつかの点で重要な意味をもっている
Horvitzらの線虫を用いた遺伝学的な解析によって細胞死が遺伝子に仕組まれた生体の有する積極的な機構であることが証明された →細胞死が厳密に制御されている現象であるという認識が行き渡った
→我々の身体を構成している細胞が、自爆するためのレセプターを発現しているという新しい概念が確立した
細胞外からシグナルを同時に、かつ実験者の手による増殖因子の添加によって付与することにより、シグナルの流れを時間を追って着実に解析することが可能であったということは、シグナルの流れを解析する上で重要な意味を持っていた
細胞死においても、細胞増殖シグナルと基本的に同じ方法を用いてシグナル伝達の研究を実行する土台が提供されていた
しかも、Fasを刺激すると短時間で典型的なアポトーシスを誘導することができたために、アポトーシスという現象を自らの手で誘導し、実感することを世界中の研究者ができるようになり、アポトーシスの研究を飛躍的に進めることに繋がった
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デスレセプターを介するアポトーシス誘導シグナルはFasの系が代表として解析されてきたが、他のデスレセプターからのアポトーシス誘導シグナルも基本的に同じシグナルを利用している
Fasはアポトーシスを強く誘導するが、他のデスレセプター分子はアポトーシス以外のシグナルも強く導入することが多い
Fasを介するアポトーシス誘導シグナル→図1
生理的リガンドと同じ活性を示すもの
リガンドの作用を阻害するもの
FASのDDとFADDのDDが会合し、FADDのDEDにDEDをもつ分子が会合する
また、プロドメインであるDEDが切り離されるので、活性化したcaspase-8はDISCから遊離し、実行カスパーゼであるcaspase-3やcaspase-7を切断して活性化させる 一方、caspase-8が実行カスパーゼを直接切断せずにアポトーシスを誘導する系も存在する
caspase-8が直接実行カスパーゼを切断してアポトーシスを誘導する細胞
caspase-8が直接実行カスパーゼを切断できずに、Bidを切断してアポトーシスを誘導する細胞
Type I細胞とType II細胞を分ける説明は決着がついていない
細胞固有の性質として異なっているという説
Fasからのシグナルの強さだけがこの違いを規定するという説
2. デスレセプターを介するシグナルの制御
Bcl-2やBcl-xLの効果は細胞により異なる
Type Iに分類される細胞では、デスレセプターからのアポトーシス誘導シグナルはミトコンドリアを経由せず、抗アポトーシス分子であるBcl-2やBcl-xL(ミトコンドリアを保護する)では抑制できない Type IIに分類される細胞では、Bcl-2やBcl-xLによってアポトーシスが阻害されることになる
実際に、培養細胞レベルでFas誘導アポトーシスがBcl-2やBcl-xLで抑制できない細部と、抑制可能な細胞が存在する また、in vivoでも、Fasを介したアポトーシスが重要な役割を果たしていることが示された系で、Bcl-2の効果が異なる細胞が知られている 末梢における免疫細胞の活性化に伴う除去はBcl-2では阻害できない Type Iに分類される細胞でFasを介するアポトーシスを阻害する分子は存在するか
FLIPは2つの連なったDEDをもつ分子で、いくつかの分子種が存在する
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γタイプのヘルペスウイルスやアルシュのポックスウイルスがコードする分子の中にDEDが2つ連なった分子が同定され、これがFasを介するアポトーシス誘導シグナルを強力に遮断することが明らかとなった v-FLIPと同様に、ほぼ2つのDEDのみから構成される
caspase-8と構造が似ており、DED2つとプロテアーゼ様領域を有するが、カスパーゼの活性中心に対応するアミノ酸残基に変異が存在し、プロテアーゼ活性が不活化されている FLIPがFasを介するアポトーシスを抑制するメカニズムは2つ
DEDのみをもつ短いFLIP(v-FLIPとc-FLIPS)は、caspase-8のFADDへの会合を競合的に阻害し、DISC形成を抑制する
c-FLIPLはこの活性に加え、DISC内に混入することによってcaspase-8同士の近接化を阻害し、近接化による隣接したcaspase-8間の切断反応をも抑制するという
実際に、FLIPによってFas誘導アポトーシスが阻害されるときには、DSICへのcaspase-8の導入が阻害されるし、DISC内でのcaspase-8の切断も阻害されることがわかっている
ウイルスはv-FLIPを発現することにより、ホストの免疫系からの攻撃から逃れることができる 一方、c-FLIPは免疫系のT細胞が抗原の刺激を受けると発現が誘導され、抗原刺激を受けて機能しなければならない細胞がFasを介するアポトーシスを免れることに寄与することが示されている また、種々の腫瘍細胞はFasを介するアポトーシスシグナルに耐性を獲得し、ホストの免疫系からの攻撃を免れている場合があるが、この場合にもc-FLIPが機能していることが明らかになった また、ヒストン脱アセチル化酵素の阻害剤をがん細胞に作用させるとFasを介するアポトーシスシグナルに感受性を示すことが知られていたが、これもc-FLIPの発現を減少させることによることが明らかとなった 3. デスレセプター下流のアポトーシスシグナル分子のもつ多用な生理機能
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一方、デスレセプターの下流でアポトーシス誘導シグナルに関わるFADDのノックアウトマウスが胎生致死であることが判明し、caspase-8のノックアウトマウスも誕生しなかった これらは胎生10.5~11.5日で心臓の異常により死亡する デスレセプターやデスリガンドのノックアウトマウスでは認められない現象であり、他のデスレセプターが個体の発生に必須であるか、FADDとcaspase-8はデスレセプター下流のシグナル以外でも機能していることが考えられた さらに、デスレセプター下流でのcaspase-8の活性化を阻害するc-FLIPのノックアウトマウスが、同じ心臓の異常によって胎生致死となることが報告された
FADD, caspase-8, c-FLIPはデスレセプターとは別のシグナル系に関与し、それが心臓の発生に必要であることが考えられた カスパーゼが除去されると、アポトーシスが誘導されるという説明しがたい結果
また、胎仔をとりかこむ羊膜上の血管が再編成の異常により認められなくなり、本来まっすぐ伸びる神経管がジグザグになるという異常が認められた このような異常が生じた原因は明らかになっていないが、デスレセプター下流でアポトーシス誘導に必須のFADD・caspase-8や抑制にかかわるc-FLIPが発生途上の心筋細胞の生存や血管の再編成、神経管の形成にかかわるという事実が明らかになった
このような状況から、FADD・caspase-8やc-FLIPがアポトーシス誘導シグナル以外の機構に関わっている可能性が予想された
これらのT細胞では、胸腺でのT細胞分化が阻害されていたり、成熟したT細胞の抗原レセプター刺激による活性化や増殖に欠陥のあることが報告されている 一方ヒト腎臓由来の293細胞におけるRNAi法によってcaspase-8の発現を抑制すると、TNF-α刺激によるNF-κBの活性化には影響はないが、Fas刺激によるNF-κBの活性化が全く誘導されないという これらの報告から考えると、FADDとcaspase-8はデスレセプターを介するアポトーシス誘導シグナル以外に少なくともNF-κBの活性化に関わるシグナルを含む別のシグナル系に関与するということになる
NF-κB以外のシグナル系との関連でも、興味深いことがわかっている
われわれは、v-FLIP E8が基本的にすべての細胞でWntシグナルを強力に増強することを見出した https://gyazo.com/fd94bfeb278fff9d76cd6ccfbef9e3be
デスレセプターを介するアポトーシスを制御する分子がWntシグナルとまで関わりを持っていることが明らかとなった
Wntシグナルとの関連では、c-FLIPLがβ-cateninの安定化を誘導するという報告もあり興味深い
4. 今後の研究の展開
デスレセプターからのシグナル伝達機構の研究
世界中の多くの研究者が参加し、その結果、瞬く間にそのシグナル伝達の大筋が明らかになった
その後は、その制御機構を明らかにすることが問題となったが、FLIPによる抑制機構が大きな意味をもつことが判明するに至っている 現在では、FLIPまでを含めたデスレセプターからのシグナル伝達分子が、細胞死以外の重要な生理機能を担っていることが判明し、その生理機能の実態と分子機構の解明が大きな課題 また、NF-κBの活性化も含めて、caspase-8のプロテアーゼ活性が必要でないと考えられるので、その多様な機能に関わる生理的な基質の解明も大きな課題
デスレセプターの基礎研究は、アポトーシス研究に貢献した後、他の生理機能の研究に貢献していくと期待される
デスレセプター誘導アポトーシスを制御することによる臨床応用の試みもなされている
TRAILを用いたがん治療、TRAILレセプターに対する顎にスティックなモノクローナル抗体によるがん治療、Fasシグナルを抑制することによる抗炎症治療など